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大礒宿~小田原宿

2008.10.12 *Sun
2005年1月22日②

大礒駅から出発です♪

大磯駅は海辺の町で発展しました。
古代には相模国の国府が置かれ、江戸時代に宿場が設けられ、明治時代には別荘地。
いま現在も夏の海水浴場のイメージが強い町です。

大礒は宿場の面影は特にありませんが、観るところは多いです。
私もいろいろ観たくなって立ち寄り始めたら時間はあっという間!!
観光だけまた大礒に行きたいところです。
ではここから

前回書いた『化粧坂』から。
ここ付近は『曽我物語』のゆかりの地であり(仇討ちで有名)、『虎御前』の伝説が残ってます。

右手に小島本陣跡&尾上本陣跡があり。

1 大礒~小田原
2 大礒~小田原

左手には海水浴場発祥の地だって!
行ってみることにしました。

3 大礒~小田原
4 大礒~小田原
5 大礒~小田原

道なりに戻ります。
当時はこのへんは見事な松並木が続いていたそうです。
左手に『鴫立庵』があります。
ここはリンクでお許しください。

6 大礒~小田原
7 大礒~小田原
10 大礒~小田原
9 大礒~小田原
8 大礒~小田原


続いて『島崎藤村旧宅』があります。
島崎藤村が72歳で永眠するまで、晩年2年間過ごしたそうな。

海が見えました!きれい♪
11 大礒~小田原
 

松並木をさらに進み伊藤博文公邸だった『滄浪閣』
13 大礒~小田原
14 大礒~小田原
15 大礒~小田原


『旧吉田邸』に続き、吉田邸に行く途中相模湾が一瞬みえます。
吉田茂の銅像があり♪
18 大礒~小田原
19 大礒~小田原

路地に入ると海が見えます♪
17 大礒~小田原
16 大礒~小田原



『旧吉田邸』から国道を離れて右手に入り、国府新宿の交差点で再び国道と合流。

二宮駅過ぎ左手に一里塚の碑を目印に左の道に行き押切坂を上ります。
坂の下りは相模湾が広がります。
23 大礒~小田原
24 大礒~小田原


再び国道と合流し、道なりに国府駅があります。
この付近は海岸が近くてとても気持ちよかったです。
夕日をゆっくり堪能してしまいました。
こういう時間は本当に歩いていると幸せ感じます。

25 大礒~小田原
26 大礒~小田原

が、しかし酒匂川越えた時は真っ暗
とても暗くて怖かったです。
歩いている人は私くらいしかいなくて、
さっき幸せ感じたばかりなのに、急に不安が襲ってきました。
きっと江戸時代の人は暗闇の中歩くのもっと怖かったのかもしれないですね。

川越えして、見附の一里塚超えたら小田原宿到着
この暗さ見てください!

27 大礒~小田原

そして小田原駅~はロマンスカーで帰りました。
ビールが本当においしくて、爆睡してしまいました♪
東海道最高!
CATEGORY : 東海道
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間の宿茅ヶ崎~平塚・大礒宿

2008.10.08 *Wed
2005年1月22日①

この日頑張って歩きました
もちろん始発出発で着いたのは夕方。

この日の歩いた距離は
茅ヶ崎~平塚  4.5キロくらい?目分量です。
平塚~大礒   2.9キロ(本参照)
大礒~小田原  15.6キロ(同上)

長い距離なので今回も2回に分けて書いていきます。

間の宿茅ヶ崎の一里塚から出発し鶴嶺八幡宮を目指します

この日は天気もよくて最高でした。
富士山がくっきり!
やはり冬に歩くのがいいのは空気が澄んでいるので景色は最高です。
でもこの写真じゃ左富士なのかはわかりませんねえ…
茅ヶ崎~大礒1
ココは左手に富士山が見え『南湖左富士の碑』もあります。

そしてほぼ正面にある鶴嶺八幡宮に向かいました。
さすが北条氏のゆかりの地ですね。
源氏の氏神社だそうです。弁慶塚もあり!

茅ヶ崎~大礒2
茅ヶ崎~大礒3
茅ヶ崎~大礒4


また国道に戻り西へ道なりに歩き小出川を渡り相模川を超えます。
相模川は当時は舟渡しで『馬入川』とも呼ばれていたそうな。
川越の時には東海道線が撮れました♪
茅ヶ崎~大礒5

相模川を超えて国道(129号)とぶつかり、分岐を左手に行くと、平塚駅前にたどり着きます。
駅前付近が平塚宿の始まりです。

平塚宿は東海道でも有数の規模を誇る宿場で、
北条氏の城下町として発展し、
相模川水運の拠点としても中世から栄えたそうです。

あ~ここでは北条氏なんですね!
こうやって歩くと現在の神奈川県は「北条氏あっての神奈川」なんですね。
偉大さを感じながら歩きました。

平塚駅を越えると、本陣跡や問屋場跡、高札場跡がなどがあり
『お菊塚』と言うものもあり、『平塚の塚』と?な塚もありました。

『お菊塚』は「番町皿屋敷」のお菊さんのお墓です。
茅ヶ崎~大礒6

『平塚の塚』は桓武天皇の三大孫、高見王の孫・政子が東国に向かう際、
天安2年(857)2月にこの地で逝去し、棺はここに埋葬され墓として塚ができた。
その塚の上が平らになったことから…後に里人はそれを平塚というようになった。
へぇ~

茅ヶ崎~大礒7
茅ヶ崎~大礒8
茅ヶ崎~大礒17
それにしてもこの日の青空は気持ちよすぎでした♪

よくわからないんですけど(自分で書いておきながら)
平塚って歴史の古いところなんだなあ…と思いました。

またこの付近には問屋場跡、江戸方見附跡などがあります。
茅ヶ崎~大礒12
茅ヶ崎~大礒11
茅ヶ崎~大礒9


さらに道なりを歩き国道1号と合流して
花水橋を渡ると右手に『高麗山』の姿が見えます。
この山、発見しやすい!
また形がこんもり型で可愛い♪

茅ヶ崎~大礒14
茅ヶ崎~大礒13
茅ヶ崎~大礒15
この先には高来神社があります♪

『高麗山』の由来をちょっと書きます
高麗の王族が移り住んだ、
曽我十郎と死に別れた虎御前が庵を結んだとも伝えられている。
へぇ~

でも虎御前って誰?!
十郎の恋人で大礒の遊女だそうだ。
あと虎御前がこの地に住み井戸水を汲んで化粧をした化粧井戸があります。
茅ヶ崎~大礒16

これによると、鎌倉時代の大礒の中心は化粧坂付近だったようです。

化粧坂は国道から別れ右手に入ります!
松並木がある坂道です。
化粧坂を登ったら大礒駅があります。
それにしても東海道は歴史がいっぱいあるので頭がついていきません。
もう少し歴史勉強しなくっちゃ


2005年1月22日②に続きます♪

CATEGORY : 東海道
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藤沢宿~間の宿・茅ヶ崎

2008.10.03 *Fri
2005年1月9日

新年明けてからはじめての東海道です
本当はこの時期1/2or1/3に歩きたかったのですが、
箱根駅伝の邪魔になってしまいますよね

だから泣く泣くあきらめこの日に延長しました。
そんな理由でこの日はゆっくり出発。
行きたいけど、なんとなく…もやもや…
こういう日も歩いてると必ずあると思います。
もし歩きたいと思う人も、
私のダラダラさを感じてもらえれば歩けるかも?!

この日は最終的に歩いたのは東海道線の駅で2駅
茅ヶ崎まで歩きました
(ちなみに藤沢→辻堂→茅ヶ崎の順です)
予定では平塚まで行くはずだったんですけどね。

ココまでが前置きです。

さて、歩き始めたいと思います。
前回『遊行寺』で終わりましたが、暗くて写真が撮れず…
藤沢~茅ヶ崎4

リベンジでまたココからスタートです

『遊行寺』の正式名称は「清浄光寺(しょうじょうこうじ)」
正中2年(1325年)の創建で時宗の総本山でもあります。
藤沢~茅ヶ崎1
藤沢~茅ヶ崎2
藤沢~茅ヶ崎3


『遊行寺』は藤沢宿の門前町として鎌倉時代から栄え、
また江ノ島や鎌倉参拝の拠点としても賑わってました。
江戸時代の人口は4000人を超えいたらしく、現在も湘南の中心として発展してます。

『遊行寺』にはこんな大銀杏もあります
詳しくは「柑橘スローライフ」をご覧ください。
『遊行寺』またお参りしに行きたいなあ

境川を渡り本陣跡を超えると藤沢宿の面影を感じられました

藤沢~茅ヶ崎5
藤沢~茅ヶ崎6
藤沢~茅ヶ崎7

国道467号の手前に本町公園の中に『源義経首洗い井戸』があります。
☆湘南海岸に捨てられた義経の首が境川をさかのぼってこの地に流れ着いた。
 そして人々がこの井戸で洗い清めたと伝えられている☆

藤沢~茅ヶ崎8
藤沢~茅ヶ崎9


義経伝説はファンにはたまらないかも知れませんが、
ちょっとオカルトな気分になりました

小田急線の線路を越え見附跡を経て引地川渡ると国道1号と合流します。
この先しばらく行くと松並木が始まります。
藤沢~茅ヶ崎12
藤沢~茅ヶ崎11
藤沢~茅ヶ崎13

江戸時代は松並木が東海道の象徴でしたが近代化により消えてきているうえに
保存も難しいらしのです。

松並木を歩けるのは貴重ですね。
唯一当時の気分を味わえながら歩ける場所でよかったです。

そんななか国道を道なりに歩いていきます。
茅ヶ崎市役所あたりが当時の「間の宿」で賑わいをみせていたそうです。
茅ヶ崎の一里塚で本日の旅は終わりです。

藤沢~茅ヶ崎14

歩き始めたのが遅かったのと、本の間違いがありアタフタしてしまったのが原因です。
本は必ずしも正しくはない!と思った日でした。
もう少し歩き方も考えようと思いました。
CATEGORY : 東海道
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境木地蔵(相模国始まり)~藤沢宿

2008.09.13 *Sat
2004年12月19日 

境木地蔵から相模国に入りました
相模国始まり?

境木地蔵を過ぎて焼餅坂なるものを発見
ガイドブックには書かれてない小さな坂みたいですね。
次に来る予定の坂は「品濃坂」なので同一扱いされているのかな…?
また境木あたりは牡丹餅が名物だったみたいなんですが、
証拠の看板はボロボロでした
相模国始まり?

道なりに歩くと品濃の一里塚です。
こんな看板たちがありまして、
相模国始まり?
相模国始まり?
相模国始まり?
この階段を登ると、
相模国始まり?
一里塚が発見!!
相模国始まり?

品濃坂は緑の中を歩くのですが、
歩きやすい道なので天気がよければ気持ちがいい道ですね
ちなみにこの階段下りたら
相模国始まり?
品濃坂!品濃坂の始まりはここかららしいけど、
相模国始まり?
始まりはいつだったのかわからない…
戻って調べたくてもそんな体力がないのが東海道ですよね。
調べずに進んでしまいました。

下ると環状2号線を歩道橋で超えます。
ココから難所で東戸塚駅の過ぎたあたりから道がよくわからず…
ガイドブックに添って進めなかったので、無視して国道1号まで突っ切りました
ここで迷ったので時間がかかってしまいました~
もう2度と横浜は歩きたくないですね~本当に横浜は今世の難所

国道1号に合流すると江戸方見附跡があり、ここからが戸塚宿の入口です。
相模国始まり?

ここからはしばらく国道1号を道なりに歩きます♪
少し迷子から解放されると思うとうれしい♪
相模国始まり?
少し余裕が出てくると、ノスタルジックな建物発見
『伊東医院』
建築年は1925(大正14年)だそうで、横浜市認定歴史的建造物ですって

戸塚駅近辺を超えたら沢邊本陣跡と富岡八幡宮があり上方見附跡があります。
相模国始まり?
相模国始まり?

上方見附跡から1キロくらいかな?
左の旧道に入り、国道と平行して歩き、
道なりに『お軽勘平・戸塚山中道行の場の碑』があり。
相模国始まり?

そして原宿の一里塚で国道と合流
相模国始まり?

ココから松並木を歩き、国道の左手にある道を入り(30号)『遊行寺』を目指します

『遊行寺』着いた時はあたりは暗くなり始めてました。
相模国始まり?

『遊行寺』の写真も撮ったんですが、暗くてダメダメでした
ここで本日はおしまいです。
藤沢駅に行き小田急に乗って帰りました

12/19は約21.5キロ歩きましたが、女一人で歩くとこれが限界かも。
やはり暗くなると危ないです
私は危ない目にはあってませんが、車も多いですしね
夕方までに着くことってとても難しいと痛感した1日でした


CATEGORY : 東海道
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神奈川宿~権田坂・境木地蔵(武蔵国終了)

2008.09.07 *Sun
2004年12月19日 ①

またこの日も始発で電車で横浜駅まで行き、
そこからスタートしました。
12月は陽が短いので着いた時も辺りはまだ暗かったです。
暗いこともあり、軽く朝食をとってから歩き始めました。

前回の続きからで、神奈川関門跡・高速道路を超え、県道渡ると浅間神社があります。
「あさま神社」と思い込んでましたが、
「せんげん神社」と読むんですね…
なかなか行けなかったのでコンビニで尋ねたところ漢字の読み方直されてしまいました
いやはや漢字って読むの難しいなあ…

武蔵国最後
武蔵国最後②
武蔵国最後③jpg

ちなみに当時(江戸時代)の浅間神社は
「富士の人穴(ひとあな)と呼ばれる横穴墓があり観光名所だったのだそう
しかし現在は周辺の開発により見れなくなってしまいました。

国道16号あたりから保土ヶ谷宿で江戸方見附があり、
この辺から宿場があったらしいです。
当時の保土ヶ谷宿は武蔵国西端の宿場で富士山の見える場所で
江戸から発って「最初の難所の権田坂」を西に控えた宿場町でした。
武蔵国⑧

保土ヶ谷宿は神奈川宿と違って道標があって比較的歩きやすいですね
東海道を歩く人向きの看板も充実してます。
武蔵国⑥

こういう看板があると歩くのも楽しいです、商店街も東海道応援している感じがGOOD♪
古い建物も見れました~雰囲気ありますね
武蔵国⑨

武蔵国④


帷子(かたびら)川を渡り、天王町駅を超え、商店街に入る。
武蔵国⑦


また帷子川に沿って八王子街道との追分があります。
別名『絹の道』
武蔵国⑤



JR保土ヶ谷駅を過ぎ、助郷会所跡・問屋場跡・高札場跡があり、
金沢横町道標があります。国道1号と合流。
武蔵国⑪
武蔵国⑩

左手には本陣跡・脇本陣跡が見えます。
武蔵国⑫
上の写真は旅籠屋・本金子屋跡だそうで、趣のある建物がいいですね♪

外川神社あたりから右手に入り、国道と離れます

そのまま道なりに歩き権田坂に入ります。
箱根駅伝でも有名の権田坂です♪
花の2区ですよね♪
私も歩く時は胸が高鳴りました♪
武蔵国⑬


権田坂確かに辛かった…
距離は1.5キロくらいなんですが、本当に急な坂道です。
今は舗装もされて少しなだらかになったらしいですが、
これは当時とても大変な難所だったと思います~

権田坂の頂上に着き、『投げ込み塚の碑』があります
頂上からの景色は最高!!
あと『投込塚の碑』の写真はありません。
なんとなく撮りませんでした。ごめんなさい。
武蔵国⑮
武蔵国⑭



それにしても『権田坂』の名前の由来はおもしろいですね♪

☆旅人が急な坂道を登っていました。
 旅人が耳の遠い老人に「この急な坂道の名前は何ですか?」
 と尋ねたところ、すると老人はこう答えました、「権太!」☆


自分の名前を聞かれたと勘違いしたみたいです。
実話かわかりませんが、ユーモアがあって笑えますね

『投込塚の碑』からすぐ境木地蔵があります♪
武蔵国⑯
武蔵国⑰



ここで武蔵野国は終了です。
次回から相模の国に入ります。

CATEGORY : 東海道
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これ見て歩きました(^^) 歩いた時は3年前なので旧本になります。 東海道検定参考図書です(^^)



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